六月十六日
六月十六日
六月十六日
見て読んで発見
Tei's BAR
Library
LIFE, TRIPs, MOUNTAINS & Discovery
Tei's BAR
Drink & Chat
IS CAMPARI ORANGE KAWAII?
- DRINK, AND, CHAT #006 -
カンパリオレンジはかわいいカクテル?
「あれ、かわいいカクテルをお飲みになるんですね」
※ ※ ※
バーテンダーのトニーさんは、カンパリオレンジと聞いて、自然に言った。
九十年代のある日、新橋の近く、地下にある、長いカウンターにみな寄り添って、酒を飲む。トニーズバーは、そんな酒場だった。
そんな酒場に、仕事仲間の若い連れとい行ったときの話。
連れのA君は、会社に入る前には、酒での失敗から、自分は飲めないと思い込み、酒には無垢な青年だった。
彼の爽やかなひょうきんさに魅せられた三十から四十歳の仲間たちは(ぼくは、その当時三十過ぎ)、男女を問わず、夜な夜な、彼を連れては、彼のリアクションをたのしんでいた。会社の近所の、ちゃんこ居酒屋や、ひよこという焼き鳥屋、ごくたまに、ちょっとしゃれたレストランと、引く手あまたの彼は、いろいろとごちそうになったものだった(と察する)。
彼と、自転車という共通の趣味も持ったぼくにも、たまーに、お鉢が回ってきて、馴染みのベルギービールの店に寄ったりしていた。あるとき、なんのながれか、よく覚えていないけれど、新橋界隈にくることがあった。
そんなとき、ビールバーとは違った酒場へと誘ったのがこのときだった。
そこは、トニーズバー、1952年開業のオーセンティックバー。カクテルをたのむのが定石。たまに、ギネスかモルトをたのむところだった。
「A山君、何飲む?」
カンパリオレンジで、お願いします」
※ ※ ※
彼をからかったわけではない。少しくらい、吹き込んでいてもよかったか、ぼくの配慮はたりなかったかもしれない。
カウンターのなかのトニーさんも、決して悪気はない、率直なリアクションだったように思う。
どんな風にでてきたのか、ちょっと気を利かせて、真っ赤なオレンジのカンパリオレンジがでてきたのだろうか。残念ながら、覚えてはいない。
ただ、覚えているのは、カウンターの奥にある壁に掛けた、警官が思い思いに並んでビールを飲んでいる絵をぼんやりと見ていたことである。
カウンターの奥に来るたびに見ているはずなのに、その日は、警官たちの間に空気が感じられ、ぼうっとみつめていたのである。
絵のなかの警官たちは、並んでいるといっても、ただ一直線に並んでいるわけではなくて、なんとなくおぼろげに列になっている風な。ちょっとふらつきながら、バス停に並んでいるような風態で。そして、ビールを持って、向いている方向もまちまち。ある警官は、ジョッキに口をあて、ある警官は、会話する。
このときに限らず、この絵を眺めるのが好きだった。トニーズバーに来るのは、たいていが遅い時間、十時ころ。閉店の十一時までの一時間足らず、二杯の配分をどうしようかとか、誰の話に聞き耳を立てようかとか。そんなときに、ビールを飲みながら、思い思いのときを過ごしている絵の中の警官たちを、眺めていると、彼らの話が聞こえてくるように思えたものだ。
※ ※ ※
ROB ROY
あのカンパリオレンジの後、どうしたのだろう。
このまま書き進もうにも、よく覚えていない。
ちょっとしぶいカクテルを教えたのか。
それとも、A山君が、一杯飲む間に、ぼくは、ロブロイとマティーニを飲んで帰ったのか。
いずれにせよ、その後、二、三年のうちに、A山君は、それまでのペースを崩さず、酒には強くなり、いろいろと研究しながら、立派な酒飲みになった。
何回か、A山君の口から、カンパリオレンジの話を聞くときには決まって、ちょっと悔しがりながらも嬉しそうな顔をしていた。一端の酒飲みになる通過儀礼?なんてことを考ても、確かめるすべはない。彼は、ずっと南半球に暮らしているから。
でも、A山君にとって、一つの大切な思い出となったのなら、なんかうれしい気もするけれど。
#004
#004
DRINK, AND, CHAT
2019年10月